葉月のスキズキ

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zoom RSS 短歌を詠む高校生女子を後鳥羽JKと呼ばないで

<<   作成日時 : 2017/03/03 14:41   >>

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昨日は雨だったので電車で出勤した。
赤坂見附駅付近にちょっと寄る用事があって久しぶりに朝の時間帯の丸の内線に乗ることになったのだが、どの駅でもあきれるほど人で溢れかえっていて驚く。

それに人々の表情の暗さも印象的。まあ世界中どんな街に行ったって通勤時の乗降客なんて暗い顔をしているものだが、それにしても、という感じ。

そういえば京王線も10両編成のような比較的長い電車が標準的になってきたせいで、私が子供だった頃に比べれば車両内部の混雑は軽減されてきていると思うが、新宿駅などのホームは昔に比べると人があふれかえっているように思う。東横線の渋谷駅の惨状なんかは単なる設計ミスだと思うけど。

首都圏だけは人口が増えているそうな。これだけ毎年たくさんの人が自殺しているというのに。
世の中空き家だらけなのに未だに高層アパートとかたくさん建築中だし。
なんなんだろ本当に。

世界一高い税金を払って、世界一高い電気代を払って、放射性物質まみれの食べ物を毎日食べて、少なくない人たちが常識外れなサービス残業をこなして……。
さすがにもう、もたなくなっても不思議じゃなくないか。

「アッラーの御心のままに(インシャッラー)」が口癖の私だが、これまでの人生、幼いころからの仏教的な教養(?)が色々邪魔していたんじゃないかと疑ってしまうことがある。

仏教というのは世界の大宗教の中で唯一「人間は自らを救い得るものだ」と主張した宗教であるように思っている。少なくとも若いころの私はそんな風に考えていた。浅はかなと喝を入れられそうな話ではある。
人生は時を重ねるごとに、次第に自在に自由になっていくものだという漠然とした期待が身の内に対流していた。若さというものはそういったものなのかもしれない。少なくとも人間の認識力の可能性に関する妙に楽観的な気分があって私にとってそれが仏教的ということだったのだ。

最近の私はどこか人生とは負け続けることのように体感している部分がある。
40代のころ親の介護に忙しく、弱り続ける両親の見続けていたせいかもしれないし、単に自身が年取って体力が落ちてきたせいかもしれない。いつの間にか妙に悲観的になっている自分に気づく。
まあ人生は勝ち負けじゃないとも思っているのではあるが。

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